『まいられぇ岡山』を楽しみ尽くす、岡山の寺社めぐりをお届けしている はなか です。
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今回は、笠岡市の中心市街地に建つ「光明山 観照院(こうみょうざん かんしょういん)」に参ります。
駅前の市街地、マンションが建ち並ぶ一角に、白い築地塀と瓦屋根の山門があります。
境内はそれほど広くなく、ひと通り見て回るだけなら10分ほどです。
ところが実際には、隣のいちょう公園まで含めて40分ほど、この一帯で過ごすことになりました。
きっかけは、御朱印をお願いするときに、ひとつ尋ねてみたことでした。

📘 まいられぇ岡山 掲載ページ:P37
この記事で分かること
今回も、実際に歩いてきた下見メモです。
境内をひと通り歩くだけならすぐに回れますが、書き残しておきたいことがたくさんありました。
境内マップ

ご本尊とご利益
ご本尊は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)です。
本堂には朱色の幟が立ち、「南無虚空蔵菩薩」と染め抜かれていました。
いただいた御朱印にも、墨書で「虚空蔵菩薩」と書かれています。
虚空蔵菩薩は、知恵と福徳をもたらす仏さまとされ、学業成就や開運招福のご利益があるとされています。
💡 山門に掛かる「備中霊場 第六十五番」の木札
山門を見上げると、木札が掛かっています。
「高野山真言宗 備中霊場 第六十五番 観照院」と読めました。
観照院は備中霊場の第65番札所にあたります。
札所めぐりをされている方は、この木札が目印になりそうです。
「東照院」だったお寺が、なぜ「観照院」になったのでしょうか
観照院の公式サイトによると、開基は天正年間(1573〜1592年)、温智(おんち)という僧によると伝わります。
もともとは遍照寺という大きなお寺の塔頭寺院(たっちゅうじいん)で、遍照寺の東側にあったことから「東照院」と称していました。
ところが元和2年(1616年)、徳川家康が亡くなり、日光に東照宮が建立されることになります。
観照院の公式サイトには、その後、日光・東照宮からの勅号を受け、「観照院」へと改称したと記されています。
「東照院」から「観照院」へ。家康を祀る東照宮の成立が、寺名を改めるきっかけになったようです。
現在の建物は昭和13年(1938年)のものです。本堂の前に立つ石標にも「昭和十三年九月吉辰」の刻字があり、年代が一致していました。

💡「塔頭寺院(たっちゅうじいん)」とは
大きなお寺の敷地内や周辺に建てられた、小さな寺院のことです。
かつての遍照寺は、周囲に吉祥院・南昌院・西明院・観照院といった末寺を配する中本寺で、寺のまち笠岡のシンボルでした。
その4か寺が遍照寺を支える形だったと、副住職さんが教えてくださいました。
その後、それぞれの寺院が独立して現在に至ります。
区画整理でも動かなかったお寺
笠岡は駅前の区画整理事業で、多くの寺院が移転しました。
中本寺だった遍照寺も、昭和52年に西の浜の埋立地へ移っています。
ところが観照院は、墓地だけを移転して、本堂はこの場所に残りました。
なぜ残ることができたのか気になっていたので、副住職さんに尋ねてみました。
「移転にかかる費用を、国が出すことができなかったからですよ」
思いがけず、とても現実的な理由でした🤭
結果として、今も笠岡駅から歩いて参拝できる場所に観照院があります。
50年・100年に一度ともいわれる奇跡|本堂で出会った双頭蓮
御朱印をお願いしたとき、『まいられぇ岡山』に載っていた双頭蓮(そうとうれん)のことを尋ねてみました。
すると副住職さんが、「どうぞ本堂へ」と声をかけてくださいました。
本堂で最初に見せていただいたのは、ガラスケースに収められた双頭蓮の蓮台でした。
添え札には「双頭蓮 蓮台 令和元年九月」とあります。
正直に書くと、このときのわたしは「双頭蓮って珍しい蓮なんだな」くらいに思っていました。
蓮台だけを見ても、どこがどう珍しいのか、まだよく分かっていなかったのです。

次に見せていただいたのが、花が咲いていたときの写真でした。
一本の茎の先が二つに分かれ、その先にそれぞれ花が咲いています。
これが双頭蓮です。
観照院さんによると、双頭蓮は一本の茎から二つの花を咲かせる非常に珍しい蓮で、50年、100年に一度咲くか咲かないかともいわれているそうです。

「見ると幸せになれる」ともいわれる縁起のいい花で、観照院では寺宝として大切にされています。
咲いたあとの花弁は押し花にされ、茎と蓮台は大切にお祀りされているそうです。
わたしがこの日、目の前で見せていただいたのは、その貴重な双頭蓮の蓮台でした。
最初は「珍しい蓮なんだな」くらいに思っていたものが、話を聞くうちに、どれほど貴重なものなのかが少しずつ分かってきました。
観照院の見どころ
①山門の屋根に並ぶ「観」の字
山門をくぐったあと、ふと見上げてみました。
軒先に並ぶ丸瓦には、どれも「観」の一字が入っています。
棟の両端には鯱、隅には獅子がのっていました。
そのまま下を通るだけでは気づかない場所に、寺号の一字がずらりと並んでいます。
山門を訪れたら、ぜひ屋根にも目を向けてみてください。

②本堂の花頭窓
本堂は昭和13年の建物です。
正面には、ガラスの入った格子戸が並びます。
その上の漆喰の白壁にあるのが、上部がとがった形の花頭窓(かとうまど)です。
山門をくぐって本堂を見上げたとき、すぐに目に入りました。
白い壁と木枠の格子。
その中央に、ゆるやかな曲線を描く花頭窓があります。
直線を基調とした本堂の正面で、ここだけがふっと柔らかく見えました。
控えめなのに印象に残る意匠で、一目で気に入った場所です。

③長い年月を感じる賽銭箱
本堂の前には、長い年月を感じさせる木の賽銭箱が置かれています。
まず目についたのは、木目の浮き上がり方でした。
柔らかい部分が痩せ、硬い木目が稜線のように浮き上がっています。
「浮造り(うづくり)」を思わせるような質感です。
職人が意図してつくることもある質感ですが、この賽銭箱では、長い年月がつくり出した表情のように見えました。
「奉 賽銭 観照院」の彫り文字も、周囲の木が痩せたことで立体感が増し、いい具合に馴染んでいます。
角の金具は、装飾というより実用のための補強という印象です。
丸鋲がところどころ浮いている様子からも、長く使われてきた時間を感じました。
新品の立派な賽銭箱には出せない表情があります。
このお堂で、これまでどれだけの人がお参りしてきたのでしょう。
長い時間を、賽銭箱そのものが語っているように見えました。

④境内の蓮
境内には、いくつもの蓮の鉢が置かれています。
訪ねたのは8月8日。
この日は、紅色の花が3輪ほど咲いていました。
帰宅してから公式インスタグラムを見て、満開の様子を知りました。
もう一週間ほど早ければ、もっと多くの花が咲いていたようです。
蓮を目当てに参拝するなら、観照院の公式Instagramで開花状況を確認してから出かけるのがおすすめです。
なお『まいられぇ岡山』によれば、観照院では4月から6月にかけて、ぼたんも見頃を迎えるそうです。
今回は8月の訪問だったため、ぼたんは見ていません。

隣の「いちょう公園」にある国指定重要文化財
観照院のすぐ隣には、「いちょう公園」という小さな公園があります。
ここに立っているのが、国指定重要文化財の多宝塔と、市指定天然記念物のイチョウです。
どちらも観照院の境内にあるものではありません。
この公園は、もともと遍照寺の境内地でした。
遍照寺が西の浜へ移ったあとも、多宝塔と石碑、そしてイチョウはこの場所に残されました。
観照院の境内から見上げると、弘法大師さまの座像と蓮の葉の向こうに多宝塔が見えます。
蓮の花は、このお大師さまへの供花でもあるそうです。
この写真を撮ったときは気づいていませんでしたが、後日、お寺の方に「この蓮の花は、お大師さまへの供花でもある」と教えていただきました。
多宝塔とお大師さま、そして蓮の花。何気なく撮った一枚でしたが、あとからその意味を知ると、少し特別な景色に見えてきました。

遍照寺多宝塔(国指定重要文化財)
公園の説明板によれば、この多宝塔が完成(落慶)したのは慶長11年(1606年)です。
江戸時代、笠岡は幕府の直轄地で、備中代官の小堀氏が遍照寺の復興を支援したと記されていました。
木造の方三間(四方とも柱間が三間)の建物で、屋根は本瓦葺きです。
説明板には、岡山県下にある四基の多宝塔のなかでも最も古いと書かれていました。
岡山県下の4基の多宝塔
| 名称 | 所在地 | 建立年 | 指定 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 遍照寺 | 笠岡市中央町16 | 慶長11年(1606) | 国重要文化財 | 県内最古の多宝塔 |
| 瓶井山安住院 | 岡山市中区国富3丁目1-29 | 寛延4年(1751) | 県指定重要文化財 | 江戸時代中期の建立 |
| 由加山(ゆがさん)蓮台寺 | 倉敷市児島由加2855 | 天保年間(1830~1844) | 県指定重要文化財 | |
| 横尾山静円寺 | 瀬戸内市邑久町本庄4368 | 寛永(1624~1644) | 県指定重要文化財 |
※遍照寺以外の3基は今回歩いていません。建立年と指定区分は、各寺院の公式サイトおよび所在する市の公開情報で確認したものです。
多宝塔に近づいて見上げると、軒下の組物が幾重にも重なっています。
約420年前の建物が、公園の遊具のすぐ隣に立っているのが不思議な光景でした。


遍照寺のしだれいちょう(市指定天然記念物)
多宝塔の隣には、大きなイチョウが立っています。
こちらにも説明板がありました。
多宝塔の建立を記念して植えられたと伝わり、推定樹齢は約400年。
根まわりは約5メートル、高さは約25メートルとされています。
枝が垂れ下がる姿から、「しだれいちょう」と呼ばれてきたそうです。
ちなみに、笠岡市の市木は昭和47年にイチョウと定められています。
大きなイチョウが残るこの場所が「いちょう公園」と呼ばれていることにも、なんだか納得しました。

その他のみどころ
9月の祈願法要
本堂の前には、祈願法要のちらしが掲示されていました。
わたしが訪れたときの案内には、令和8年9月13日(日)午前10時から、受付は午前9時からとあります。
午前11時からは、仏画体験や写経体験も予定されていました。
※開催日や時間、体験内容は年によって変わる場合があります。参加を希望される方は、参拝前に最新の案内をご確認ください。

参拝メモ
| 御朱印 | 納経料500円。正面玄関で受け付けていただけます。直書きしていただきました。 |
| 所要時間 | 境内だけなら10分ほど。隣のいちょう公園まで含めて40分ほどでした |
| 駐車場 | 山門の前に3台分あります |
| まいられぇスタンプ | 玄関前に設置されています |
| 蓮の見頃 | 8月8日の訪問時は終わりかけでした。公式インスタグラムで開花状況を確認してから行くのがおすすめです |
| ぼたんの見頃 | 『まいられぇ岡山』によると4月から6月にかけてです(今回は8月の訪問のため見ていません) |
| 住所 | 〒714-0088 岡山県笠岡市中央町16-3 |
| 電話 | 0865-62-2987 |
| 公式HP | https://kanshoin.net/ |
| 公式Instagram | @komyozan.kanshoin |
※納経料・受付時間などは変更になる場合があります。参拝前にご確認ください。

アクセス
🚃 電車:JR山陽本線 笠岡駅から徒歩約5分です。
🚗 車:山陽自動車道 笠岡ICから約7分です。山門の前に駐車場があります。
📍 住所:岡山県笠岡市中央町16-3
☎ 電話:0865-62-2987
おわりに
蓮は終わりかけで、「もう一週間早ければ」という心残りもありました。
それでも、御朱印をお願いするときに双頭蓮のことをひとこと尋ねたことで、思いがけず本堂へ上げていただきました。
そこで見せていただいたのが、50年、100年に一度咲くか咲かないかともいわれる双頭蓮の蓮台と、花が咲いていたときの写真です。
咲いていなくても、尋ねたからこそ見せていただけたものがありました。
境内だけなら10分ほどで回れる観照院。
でも、ひとこと尋ねてみると、見えるものがずいぶん変わります。
そのまま通り過ぎるだけでは、もったいないお寺でした。
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※この記事の情報は訪問時(2026年8月)のものです。




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